オイルショックと商社批判

オイルショックと商社批判

物価や地価高騰の元凶とされ商社の社会的責任が問われる

1970年代、オイルショックによる石油製品の高騰や地価の急騰は、商社が原因と批判された。

商社代表が国会参考人として呼ばれるまでに事態はエスカレート。

余った金を土地や株に投資

高度成長期は、戦後の混乱を経てようやく形を成してきた大手商社を総合化へ導いた時期であった。しかし、1970年代に入るとその急速な成長にも陰りが見え始め、日本の経済は大きく変化する。それに伴って、売上規模が数兆円という巨大な組織となった総合商社は、その大きさゆえに社会との軋轢を生み、批判を受けるようになった。

1971年、アメリカでは貿易における国際競争力の低下やベトナム戦争での戦費支出増大などからドル下落の深刻度が増し、ドルと金・他通貨の一時的な交換停止や、輸入課税金の設定等を柱とする経済政策を発表した。

世界中に衝撃を与えたこのドル防衛策は「ニクソン・ショック」と呼ばれ、日本をはじめとする主要国は頻発するドル投機によって、対ドルレートの切り上げを迫られた。これにより主要国の通貨は固定相場制から変動相場制へ移行する。

日本では、円切り上げによる円高不況を恐れた政府が積極的な財政支出、金融緩和、低金利政策を行ない、その結果、現金・預金などの流動的な資産が、企業の通常の経営に必要な額以上になった状態である過剰流動性が発生した。

このため、大量の余剰資金を抱えた商社などの大企業はその有効活用を図り、土地や株などに投資し、なかには短期売買益で本業より巨額の利益を得る企業も現われた。しかも、1972年に発足した田中内閣による「日本列島改造論」が、急激な投資ブームを巻き起こしたこともあって、全国的な地価暴騰を招いていた。

狂乱物価の元凶と批判された商社

またこの時期、海外では天候不順により穀物などの輸入物資が高騰したほか、1973年10月には第四次中東戦争が勃発し、中近東の産油国が原油価格の大幅引き上げと石油減産や二方的に宣言したことで、オイルショックが発生する。

エネルギーの大半を中近東の石油に依存していた日本では、ガソリン・灯油などの値上事情通になるための商社の歴史がりを誘発し、トイレットペーパーの買いだめが行なわれるなど、狂乱物価の状況を呈してしまう。

そうしたなか、マスコミや消費者団体から地価暴騰や石油製品・一般消費財の高騰は、商社による買い占め・売り惜しみが原因ではないかとの批判が起こり、大手商社の代表が国会の「物価集中審議」に参考人として呼ばれるまで事態はエスカレートしていった。

商社はこのように高まる批判の中で、企業活動が社会に及ぼす多大な影響を強く自覚し、その責任を果たす目的で利益の一部を社会に還元する組織の設置や、広報部を立ち上げてPRに努めるなどの取り組みに力を入れ出した。

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